2011年 10月 06日
小説- 「怪談箱根が関。」 前篇
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さて、さて....。
これからお聞かせ致しますのは、
江戸の大商人彦左衛門が若かりし頃の物語でございます。
その頃、彦左衛門はとある江戸の乾物屋に奉公しておりました。
番頭ながら、なかなかの見栄えと頭の良さから大店の娘達の受けも良く
見合いの話は引きを切りません。泣かせた女子は数限りなく...。
それでもまだ独り身でいた頃、乾物屋の主から京へと使いを頼まれました。
そんな道中の箱根が関での出来事....。
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今は夏。
緑深い山中で、すれ違う人も無く...。
京への荷物を背負いながら、彦座は一人道を急いでおりました。
聞こえるのは降るような蝉の声。
「あついな...。」
彦座は首に巻いた手拭いで額の汗をぬぐいました。
「誰も通りかからないな。関所はあとどれぐらいなんだろうか?」
見回すと、昼なお暗い杉の並木道。彦座以外誰も見えません。
背高く伸びた雑草と苔の生えた石段。
少し休もうと、ふと、彦座が視線を落としますと
小さな台座から倒れたお地蔵様がありました。
倒れた時に首が折れたのでしょう、彦座が見回すと、近くの草むらに
首だけごろりと転がっていました。
「ああ、かわいそうに...。」
彦座はお地蔵様の体を元の台座に戻し、首を拾って体の上に載せてあげました。
そうして、又、山道を重い荷を背負いながらとぼとぼと進んで行きました。
そのうち肌寒くなって来たかと思うと、
一転にわかに掻き曇り、篠突くような雨。
ザ.ザァーッ。ザァ-ッ!
「いやあ!これはたまらん!!」
駆け出しましたが、前も見えないほどの豪雨。
行けども行けども雨宿りの場所とてなく、ずぶぬれて途方に暮れてしまいました。
....せめて荷だけでも濡れなければ良いのだが。......
ずぶぬれで歩きながら彦座は思いました。
「おかしい。そろそろ箱根の関所が見えるはずなんだが....。道に迷ったか?」
そのうち雨はやみ、辺りは霧に包まれました。
濡れた体が冷え体力をうばい、彦座は今が昼なのか夜なのか?いったいどれぐらい歩き続けているのか分からなくなってしまいました。
霧の中、とにかく歩き続けていると前方に薄明かりが見えました。
「助かった。家か?」
近づいてみるとそこには一軒の小さな山小屋。
.....これは良いところに家があった。ここでしばらく休ませてもらおう。....
彦座はそう思い、家の戸口を、
トン、トン、トン。と叩きました。
「どなたかな?」
中から出てきたのは高齢のご老人。
「旅の途中、突然の雨と霧で困っております。しばらく雨宿りをさせていただけませんでしょうか?」
その時どこかで雷がゴロゴロと鳴り始めました。
「それはお困りでしょう。どうぞ中に入って暖まって行きなされ」
そう言うと、老人はしわくちゃの顔をほころばせ、ニタッと笑いました。
家の中はかび臭く、湿ってじめじめしています。
どうやら老人はこの山小屋で一人暮らし。
小さな小屋の中には囲炉裏が置かれ、鉄の鍋には食べ物がぐつぐつと煮えておりました。
老人に進められ、囲炉裏端に座ると、暖かさが身に沁みます。
鉄なべの煮物を頂き、段々と着物が乾き始め体が暖かくなってゆくにつれ、
彦座はこんな侘しい山中にどうしてご老人一人だけで住んでいるのか?ふと、気になり始めました。
「ご老体。こんな寂しい山中でどうしてお一人でお暮しなのですか?
誰か他に血を分けた者はいないのですか?」
老人は囲炉裏端の向こうで、寂しそうに俯きながら言いました。
「わしにもな、生きておったらちょうどお前さま位の年の娘がおったんじゃ」
「お嬢さんは亡くなられたのですか?」
彦座は悪いことを聞いてしまったと後悔しました。
「いや、いいんじゃよ。昔、昔のお話じゃ....。
そうだ、旅のお人。今宵は旅の土産にお前さまにお話をして進ぜよう。
この天気。まだまだ上がる気配はない。今夜は泊っていくがいい。
長い夜。つれづれに話を聞くのも一興ぞ」
ドン!!ガラガラガラ。
と、どこか近くで雷が落ちました!
ピカッ!!
一瞬光に照らされて老人の青白い顔が闇夜に浮かび上がりました.....。
...................続く。......................................
by emeraldm
| 2011-10-06 11:55
| 小説-怪談